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祖母のお通夜に出て、思うこと…100歳は生き過ぎだ…



100歳で天寿を全うすると、親しい人がいなくなる

昨日、亡くなった祖母のお通夜に出席。

親族席に座り、祭壇に飾られた生前の祖母の写真を見ていて、「100歳まで、生きてきたおばあちゃんって、スゴいよな。大正3年に生まれて、第一次大戦まで体験しているんだから。」と、ボーと思う。

同時に、5年前に闘病の末、65歳で亡くなった実父のことが頭に思い浮かぶ。


100歳まで生きた祖母と比較するのは、意味のあることではないけど、お焼香に来た人の数を比較すると、違いを感じる。

祖母のお焼香に来た人の数が少ない。

100歳まで生きてきたんだから、祖母の兄弟もすでに他界している。
さらに、祖母の学生時代の友達もすでにこの世にいない。
当たり前だ。祖母は100歳まで生きてきたんだから。


祖母が結婚し、子供を産み、育てたあげた土地にいた人たちも、この世にいない。
子供たちを育て上げたのちに知り合った地域の人たちや老後に出会ったサークルの仲間たちのほとんども、この世にいない。
なんと言っても、祖母は100歳まで生きてきたんだから。


平均寿命以上に生き続けていくと、自分を知っている人がひとりひとりと亡くなっていく。
自分が亡くなった頃には、誰一人、この世に残っていないかもしれない。


だから、祖母のお通夜には、ほぼ近親者しかいない。

母親を含めた子供たち。
その孫たち(僕や従兄弟たち)。
さらに曾孫たち(僕や従兄弟の子供たち)。
その他に、35年前に亡くなった祖父の兄弟の子供たち。

反対に、父親は65歳で亡くなっているから、参列に来た人は、近所の友達や会社時代の同僚など多数来てくれた。


100歳まで生きていると、血のつながった者(近親者)たちしかいなくなる。


そう思うと、最後に看取ってくれるのは、友達でもなく、知り合いでもなく、近親者になるんだろう…子供たちやその孫…。










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