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働きたいという思いを強く感じさせる、堀江貴文「ゼロ」を読んで…



全てを失って「ゼロ」になった堀江さんが得たものは「働きたい」という気持ち

なんちゃら言って、2006年に証券取引法違反で逮捕され、2年6ヶ月の実刑判決を受けて刑務所に収監された堀江さんを庇護するつまりはないけど、僕にとっては、ライブドア時代のモリエモンさんは、「何かをやってくれるヒーロー的な存在」で、今も躍動を続けている堀江さんを、「注目しないわけにはいかない存在」。


10年前の堀江さんは、時代の寵児なんては言われ、現役で東大に合格し、学生時代に起業。
それだけでも、僕にとっては、「東大に行く人は、スゴイ!」なんて、ミーハーな思い。
そして、2004年に東証マザー上場し、近鉄バッファローズ買収に名乗りを上げ、2005年にニッポン放送の筆頭株主。それだけは留まらず、衆議院選挙に出馬。
わずか、30歳の堀江さんは、僕らにとって、「どこまでやり続けるんだ。この人は!」と、期待と羨望の眼差しと同時に、キワモノを見ている感覚もあった。


本書は、メディアを通して見えていた堀江さんが、実際はどんな思いでいたのか。
さらに父親、母親のこと。幼年期から学生時代まで、コンプレックスの塊で、劣等感を抱いていた本人がどのような行動、考え、思いを持っていたのかを書いてある。


好きなことを集中して、努力をした結果で今がある

本書を読めば、堀江さんは秀才でもなく天才でもないことがわかる。
実にシンプルなことを実行して、成功を収めた努力の人。
仕事を通して、好きなことを見つけ、見つけたら、そのことだけを集中してやるだけ。
物事を集中してやる。日々努力をし続ける。ただそれだけのシンプルな行動が堀江さんの姿。


おもに、働くこと、仕事いうことについて本書で書かれていることをログしていく。


ゼロになることは、みんなが思っているほど怖いものではない。
失敗して、 失うものなんて、たかが知れている。
何よりも危険なのが、失うことを恐れるあまり、
一歩も前に踏み出せないことだ。


ビジネスでも、転職したいとか、社内で新規事業をおこしたいとか、なかなか行動に移せない人がいる。
そういう人は、僕が女のことにキョドっていたように、仕事や人生に怖気づけいているのだ。
仕事にキョドリ、人生にキョドリっているのだ。

経験とは、時間が与えてくれるものではない。
だらだと無駄に時間を過ごしてところで、なんの経験も得られない。
何かを待つのではなく、自らが小さな勇気を振り絞り、自ら意思で一歩を踏み出すこと。
経験とは、経過した時間ではなく、自らが足を踏み出した歩数によってカウントされていくのである。

チャンスの見極め方が分からない?
僕に言わせると、その発想がすでに「ノリが悪さ」を表している。チャンスを見極める目なんて、必要ないのだ。
少しでも、面白いと思ったら、躊躇せず飛び込む。そうしないと、せっかくやってきたチャンスが流れる桃のように過ぎ去ってしまう。

多くのビジネスマンは、自らの「労働」をお金に換えているのではなく、そこに費やす「時間」をお金に換えているのだ。
とりあえず定時に出社して、とりあえず昼食を30分で済ませ、大して忙しくもないのにサービス残業する。
定時で堂々と帰宅できる人は、なかなかいない。

自らの大切な「時間」を差し出すことによって、やる気や頑張りをアピールし、給料をもらっている。
しかし、時間とはどこでも有限なものだ。残業に費やした時間は、そのままプライベートの喪失という形で相殺される。

プライベートを削ってまで、自らの時間を差し出すとならば、仕事に縛られ、お金に縛られている感覚が強くなるのは当然。
これは「労働」の代わりに「時間」を提供する人にとって、永遠について回る課題

人生が豊かになっていかない根本原因は、なにより「時間」だ。
お金を「もらう」だけの仕事、お金を「稼ぐ」仕事に変えていこう。
儲けるために働くのではなく、お金から自由になるために働こう。

やりがいとは「見つける」ものなんだろうか?
やりがいとは「見つける」ものではなく、自らの手で「つくる」もの。
仮設を立て、実施し、試行錯誤を繰り返す。そんな能動的なプロセスの中で、与えられた仕事は「作り出す仕事」に変わっていく。

あなたは今、自由を実感できるだろうか?
自分には何も出来ない、どうせ自分はこんなもんだ。この年齢ではもう遅い-。
 もしもそんな不自由さを感じているとしたら、それは時代や環境のせいではなく、思考が停止しているだけである。あなたは考えることやめ、「できっこない」という心にフタを閉じているから、自由を実感できないのだ。
そして人は考えることを辞めたとき、後ろ手を回され鍵を掛けられる。そう、思考が硬直化したオヤジの完成だ。彼らはもはや考えることが出来ない。考える力を失ってしまったからこそ、金や権力に執着する。そこで得られるちっぽけな自由にしがみつこうとする。彼らオヤジたちに足りないのは、若さでなく「考える力」、また考えようとする意思そのものなのだ。



まとめとして、

仕事に興味が沸かないから、やりがいも感じない。
興味がないから、仕事が出来ない。
順番が逆で、物事を「出来ない理由」を考えるのではなく、「出来る理由」 から考えていくと、仕事に興味が出て、やりがいも感じるかもしれない 。






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